わたしがおじちゃんの家を出たのは、高校を卒業して就職してから一年後のことだった。

「おじちゃん、わたしひとり暮らししようと思う。いや、するから」

夕食の席についてすぐそう宣言すると、おじちゃんは汁物に入っていた里芋に箸を突き立てて絶句した。

就職と同時に家を出ようとしたときにはおじちゃんが、

『もう少し生活が安定してからでもいいんじゃない? ひとり暮らしにはお金もかかるし、お金貯めてさ。ここからだって十分通えるんだから』

と引き留めた。
それもそうかと思って一度は引き下がったものの、これ以上迷惑をかけるわけにいかない。

「お金も貯めたし大丈夫。部屋も引っ越し屋さんももう決めたから」

「そんな急に! 相談もなく!」

「相談したら引き留めるでしょ?」

「……だって、さみしいじゃないか」

「おじちゃん、今までずいぶん迷惑かけたけど、これからは自分の幸せを考えて。さみしいなら尚更結婚したら? ……わたしのせいでできなかったでしょ?」

おじちゃんにはときどき彼女ができたけれど、とうとう結婚には至らなかった。
当たり前だ。
実子でもない子どもを抱え、夜十時までには必ず帰るような男と結婚してくれる女性なんて、ヘソで茶を沸かせるひとと同等に希少な存在だと思う。

おじちゃんの結婚と、わたしたちの特殊な関係。
それはとても重要な問題であったのに、わたしもおじちゃんも今日という日に満足して、同じような明日がくると信じて疑わず、曖昧な日々を積み上げてしまった。

『結婚するなら出て行くから心配しないで』

と言っても、

『振られちゃったよ。他に好きな人ができたんだって』

とへらへら笑っていたのだ。

透き通った汁に顔を映すように、おじちゃんはぬるくなるまで、お椀の中を見つめたままだった。