葉子おばちゃんと暮らし、しょっちゅうおじちゃんに預けられる生活が二年ほど続いて、わたしが二年生になったある日。
おじちゃんはわたしをハンバーガーショップに連れて行った。
おじちゃんがわたしを外に連れ出すのは初めてのことだった。
梅雨の真っ只中で、おじちゃんのデニムの裾が泥で汚れるのを見つめながら、歩幅の違うわたしは一生懸命そのあとを追った。

店に着くとおじちゃんはわたしに何も聞かず、子ども向けのセットをひとつと自分の分のコーヒーを注文する。

「はい、これ」

渡されたのは、セットについてきたキラキラした赤いリボン型のキーホルダーだった。
当時人気のあったアニメキャラクターのもののようだけど、すでにそのアニメから卒業していたわたしには、ずいぶん幼く安っぽく思えた。

「ゆっくり、よく噛んで食べるんだよ」

わたしがチーズバーガーを恐る恐る食べる様子を、おじちゃんはしずかな笑顔で見つめて、ゆっくりとコーヒーを飲む。
どことなくいつもと違う空気を感じたわたしは、お腹がいっぱいだと言えず、ポテトの最後の1本まで食べ切った。

「あのね若葉」

それを待っていたように、おじちゃんは口を開く。
お昼までは少し時間があるとは言え、日曜日のハンバーガーショップにしてはからんと落ち着いていて、おじちゃんの声はよく聞こえた。

「今日から俺の家で暮らそう」

空っぽのトレイを前に、わたしは首をかしげる。

「実はね、葉子さんの仕事が忙しくなって、なかなか帰るのが難しくなるんだって。だから落ち着くまで、俺の家においで」

「わたしはひとりで大丈夫だよ」

おじちゃんと暮らすのが嫌なわけではないけれど、それが不自然であることは十分にわかっていた。
いくら葉子おばちゃんの事情でも、あまりに迷惑な話だと思ったのだ。
だけどおじちゃんはゆっくり確実に首を横に振った。

「これは提案じゃなくて、決まったことなんだよ。今若葉は、これを食べたよね?」

トレイの端を、おじちゃんは指でとんとんと叩いた。

「550円。俺はこの金額で、きみを買おうと思う。もしこのお金を返せたら、きみは自由に人生を決めていい」

そう言って、ペラリとさっきのレシートをわたしの前に置いた。
それを見て、わたしは自分のポーチの中にあるお小遣いを出そうとする。

「いやいやそれはダメだよ」

おじちゃんはそれを見越して言った。

「お年玉とかお小遣いとか、そういうお金じゃない。若葉がちゃんと自分で働いたその対価としてのお金じゃないとダメ。返すまでは俺の家にいなさい」

『はたらいたそのたいか』その言葉で、わたしにとって550円は途方もなく高額なものになった。
安っぽく思えたリボン型のキーホルダーが、ひどく重く感じる。

そうして、わたしとおじちゃんのふたり暮らしは始まったのだった。