「…………ものすごい罪悪感! ちょっともう無理!」
唇が触れる直前で身をよじって逃げると、おじちゃんはソファーの上まで逃げて行った。
左足はまだ本調子でないはずなのに、驚くべきスピードで。
まるでそこが安全地帯であるかのように、いくつものクッションを盾にして堅牢なバリケードを作り上げる。
「嫌ってこと?」
「嫌じゃない! 嫌じゃないから罪悪感なの!」
「でもさ、これくらいで逃げてて、その先はどうするの?」
「“その先”!? なにそれ、俺知らない! そんなの考えられない!」
天の岩戸に閉じ籠ったおじちゃんに、わたしはそっと声をかける。
「愛してるよ、高砂」
堅牢なバリケードにあっさりヒビが入ったので、ポンポンとクッションを蹴り落として、中からおじちゃんを発掘する。
「何か言うことは?」
ソファーの上に正座してわたしと向き合ったおじちゃんは、わたしの両手を握って何度も何度も深呼吸をした。
「俺も若葉を愛してるよ」
たくさんの嘘に彩られた生活の中で、一度も口にされなかった言葉。
疑ったこともないし、当たり前過ぎてわたしも言ったことはなかった。
ずっと同じ想いを抱えてきたわたしたちは、一瞬の恋を経て、本物の家族になっていくのだろう。
言い終えたおじちゃんはやっぱり赤い顔をする。
「……ダメだ。まだ当分慣れない。心臓痛い。次の健康診断、絶対引っかかる。いやその前に事切れるかも」
本当はわたしも慣れなくて、ジャムのように煮詰まった甘い気持ちが口から溢れそうだった。
「そんなこと言わないで長生きして。それでずっと一緒にいて」
おじちゃんの瞳の奥が揺れた。
わたしも目をそらさずにそれを見つめていた。
言葉を交わすような自然さで、一瞬だけ唇が触れ合う。
すぐ目の前に、わたしの大好きな笑顔があった。
「できるだけ頑張る」
正直なおじちゃん。
他人からみたら“ロリコン”で、“ふしだら”で、“いかがわしい”男。
だけど、このひとがいてくれたら、わたしの人生は永遠に愛で溢れてる。
end.


