「“おじちゃん”かあ。俺まだ二十三なんだけどな。うーん、でもまあいいか」

大橋高砂(おおはしたかさご)という変わった名前は当時のわたしには覚えられず、また覚える気持ちもなく、葉子おばちゃんを“おばちゃん”と呼ぶように、“おじちゃん”と呼んだ。

仕方なくわたしを引き取った葉子おばちゃんは何かと忙しく、ある日わたしはおじちゃんと引き合わされたのだ。
秋の終わりで、昼間でも気温が上がらなくなってきた頃のこと。
おじちゃんの部屋は角部屋で、ドア前には風で飛ばされてきた枯れ葉が溜まっていた。

「葉子さんが帰ってくるまで、うちでゆっくりしていてね。えーっと、寒くない? 何か食べる? 何もないな。キムチは辛いし、梅干し? さきいかならあるけど食べないよね」

「寒くないです。さきいか食べます」

子どもの相手なんてしたことないおじちゃんがわたわたする様子を尻目に、わたしはファンヒーターの前を陣取り、もらったさきいかをかじって、持ってきた絵本を読んで過ごした。

おじちゃんは、葉子おばちゃんの“彼氏”だった。
大学を卒業して葉子おばちゃんの隣の部屋に引っ越してきたおじちゃんは、少し年上のおばちゃんの「色香にやられて」、部屋に出入りするようになったのだそう。

絵本を読むわたしの回りをあっちに行ったりこっちに行ったり。
おじちゃんはまったく落ち着かなくて。

「あそんでほしいの?」

保育園で小さい子に言うみたいに、わたしは大きな少年に向かって聞いた。

「……あー、うん。お願いできるかな?」

わたしの前に正座して、もじもじと小さくなるおじちゃんを見た瞬間、わたしは動物が生まれつき持っている本能的な警戒心さえホロホロと抜け落ち、剥き身の肌で全面的にこのひとを受け入れてしまった。
それからいろんなことがあり、どれだけたくさんの嘘をつかれても、この気持ちは磨かれた玉のように傷ひとつついていない。