「あんた、幸せに育ったんだね」

迷いなくわたしはうなずいた。
おじちゃんがいなければ、きっとわたしは与えてくれないことを恨んで、おばちゃんの中にある愛情に気づくことはできなかった。
周りから差し伸べられた手を、ただの憐れみだと疎んだはずだ。
おじちゃんに育てられたからこそ、わたしの人生は愛に溢れて見えた。

「タカ君と付き合ってたのは、ほんの最初だけでね。あんたが来た頃にはただの親しいお隣さんだったよ。一応、言っておくね」

大音量で映画を観ていたときのことが、一瞬頭をよぎった。

「別におじちゃんとわたしはそういう関係じゃないし……」

わたしの言葉を聞いているのかいないのか、ちょっと砂糖入れすぎた、と顔を歪めながらも、せっせとカップを口に運んでいる。

「別にどっちでもいいけどね。だけど次にタカ君に会うときは、覚悟決めて会わないとダメだよ」

覚悟って何? と聞くほど、もう子どもじゃない。
突き付けられた重みに食欲が失せ、持ち上げたカップをソーサーに戻した。

「あんたにどんな顔見せてたか知らないけど、あのタカ君がね、私を噛み殺すくらいの勢いで向かってきて、あんたのために頑張ってたの。大事に大事に守ってきたのよ」

おばちゃんは空になったカップを、赤ちゃんを愛でるように撫でまわす。

「わかってる。だからこそ、もう会わない方がいいと思ってる」

葉子おばちゃんは水を飲もうとして、それも空なことに気づき、わたしのコップから半分水を移した。

「自然消滅狙うってわけ? それは良くないな。恩人でしょうが。『エロ親父!』って横っ面ひっぱたいて解放してやるのも、積み上げたものぶち壊して一緒に泥かぶるのも、あんたしかできないでしょ」

こういう方面に関しては、わたしよりおじちゃんより、ずっと歴戦の武者である葉子おばちゃんだ。
その言葉は重い。

「決めるのは若葉だよ。どっちを選んでもタカ君は受け入れるだろうから」

葉子おばちゃんが伝票を持ったので、その顔を見上げた。

「そんな意外そうな顔しないでよ。私だって姪っ子にお茶くらいごちそうするわ」

「ありがとう」

「私にしてみれば、たったひとりの身内だからね。遺産は全部あんたのものよ」

年甲斐もなくウィンクした目元には少しだけ皺が寄っていて、変わらないように見えるこの人の上にも年月は積もっていたのだと感じられた。

「どうせ借金だらけだろうから放棄する」

からからと笑って、葉子おばちゃんはヒールの音も高らかにカフェを出ていった。