おじちゃんは立って、引き出しの奥から一枚のレシートを持ってきた。
この狭い部屋で、どういうわけかよく物をなくすおじちゃんは「俺のベルトどこ?」「車の鍵見つからない!」がほとんど口癖なのに、その小さな紙切れを迷うことなく取り出した。
差し出されたそれは、古いせいで黄ばみ、印刷もだいぶ薄くなっていたけれど、「チーズバーガーセット」「¥500」はしっかり見えた。

「……今、一万円札しか持ってないから」

笑って誤魔化したつもりなのに、声だけは泣いているように震えた。

「そう言うと思った」

わたしの大好きな顔でにっこり笑って、おじちゃんはさっきと同じ引き出しからジッパータイプのバッグに入った9450円を取り出した。

「こんなときだけ用意いいね。いや違うな。もともとおじちゃんは、ひとりで何でもできるんだよね。知ってたよ」

初めておじちゃんに預けられたとき、部屋の中はちゃんと片付いていたのを覚えている。
きちんと分別されたゴミ、アイロンもかけられたワイシャツ、整頓されたDVDラック。

「本当はネクタイだってきちんと結べるでしょ? おじちゃんは嘘つきのくせに詰めが甘いから、慌てて出たとき、きちんと結んじゃってたんだよ」

おじちゃんのご両親が怒鳴り込んできたときも、わたしがいじめに遭ったときも、「若葉は何も心配しなくていい」とひとり出掛けて行った。
できないふりしてたことを忘れて、きりっとネクタイをして。

仕方なく、わたしはお財布から一万円をおじちゃんに渡す。

「おじちゃんにわたしは必要ないもんね」

おじちゃんは否定してくれず、

「確かに受け取りました」

と、手書きで書かれた領収書をテーブルの上に置いた。

「困ったことがあったら、いつでもおいで」

おじちゃんのその気持ちに、嘘はない。
それでもちょっとやそっとで、この家の敷居をまたぐことはできないだろうと思った。

「きみを買おうと思う」なんて強引なやり方で、だらしなくわたしに世話を焼かせて、そうしてわたしが遠慮なくおじちゃんの部屋にいられるようにしてくれたひと。
おじちゃんのつく中途半端でやさしいたくさんの嘘で、わたしは、わたしの置かれた境遇からは考えられないほど幸せな時間を過ごせた。
だから、ここで人生が別々になっても、わたしたちの絆は変わらない。
ずっと同じ思いで生きてきたのだから。

『誰よりも若葉の幸せを願う』

領収書の但し書き欄には、おじちゃんの妙に丸っこい文字でそう書かれていた。