ハイド・アンド・シーク



ところが、歩き出してすぐに背後で「森村さん」と呼ぶ声が聞こえて、驚いて慌てて振り返った。
有沢主任がこちらへ駆け寄ってくるのが見えて、何か言い忘れたことでもあったのかと私も急ぎ足で彼のそばまで近づく。

「仕事のことで何かありましたか?私もすぐ抜けちゃうからちゃんとメモした方が……」

「あはは、違うよ。仕事のことじゃなくて」

「え?」

違うの?じゃあいったい何─────
考えるのを遮るように、主任の言葉が耳に流れる。

「やっぱり家まで送らせてください。何かあったら心配だし」

「家まで……、ええーっ!!」


予想外の展開だった。
嬉しいけど、でも同じくらいの割合で申し訳なくて。どっちつかずな反応をしてしまう。
拒否と取られてしまうのは嫌だったので、なんとか持てる限りの力を使って彼を見つめた。

目と目が合って、その優しくて穏やかな彼の全てに飲み込まれそうになる。

「ご迷惑じゃなければ……」

と力のない絞り出した答えに、主任はどこかホッとしたように笑うのだった。


「一昨日あたりにこの辺りにひったくりが多発したんだよ。だから念のため、一人で帰すのはちょっとまずいかなぁと思って」

「そういえばありましたね、まだ犯人は捕まってないんでしたっけ?」

「たぶんまだじゃないかな?」


私たちはまた隣同士で並びながら、歩き出した。

家まで送るっていうこの展開は、その先なんてないとしても、これから先もこんなことはないとしても、一番いい思い出になりそうで口元が緩む。

誰にも自慢できないのが悔しいところだけど。自分だけで噛み締めておこう。