ハイド・アンド・シーク



動き出した静かな車内で、私は少し声をひそめた有沢主任にさっきの出来事について注意を受けていた。
まるで学校の教師と生徒みたいに。


「今みたいなのは気をつけて。気が気じゃなかったよ」

「すみません……」

「森村さんって意外と危なっかしいな」

「せっかく買ってもらったのに……」

「そんなにコーヒーが飲みたかったの?」


そういうわけじゃない。
でもきっとこの乙女心は彼には分からないだろうな。

私は首を振って、ひたすら足元を見続けた。

冷静になって考えれば分かることだ、今の行動がどれだけ無茶で危険なことだったか。後先考えずに動いてしまったことを後悔した。

なんとか言葉を探す。好きだという気持ちがダイレクトに伝わらない言葉を。


「なんだか、主任の気持ちを置いてきちゃったみたいで。私を、労ってくれた気持ち」

「…………なるほどね」


どこまで私の気持ちを汲み取ったのかは分からないけれど、主任はすぐに表情を変えた。
彼はいつもの優しい顔になって、ふと笑いかける。


「そんなこと、気にしなくていいんだよ。それよりも自分の身体を大事にして」


子供っぽいって思われたかな。思われただろうな。
ただコクンとうなずいて、それ以上はどうすることも出来ずにまた足元に視線を落とした。

すると、クククと押し殺したような笑い声が隣から聞こえてきて、私は少し驚いて主任を見つめる。
彼はとてもおかしそうに右手で口を覆うようにして笑っていた。

「あの、主任?」

「あぁ、ごめん。もうおかしくて」

「何か変なことでも言いましたか……?」

「ううん、違う違う。さっきの森村さん、めちゃくちゃ速かったなーって。すごいダッシュ力でビックリしたから。普段の姿からは想像も出来なかった」

─────えぇー!そこ!?
しばらく呆気にとられていたものの、私も釣られて吹き出してしまった。


一時はどうなることかと思ったけれど、むしろ距離は縮まったような?
気のせいかもしれないが、心なしか私もいつもよりはリラックスできた。笑うって大切。

それでも、意地悪なことをしたくて拗ねたように口を尖らせた。

「酷いです、そんなに笑わないでください」

「ごめん。怒った?」

「…………嘘です」


また彼が笑った。
会社で見るよりもどこか違う、心底楽しそうな笑った顔。
そこで、初めて気づく。

もしかしたら、今がオフモード?
そう思ったら私しか見てないんだなぁと貴重な姿を前にして、身も心も満たされたような感じがした。