ハイド・アンド・シーク



立ち上がって、主任の横顔を見つめる。

送り狼やお持ち帰りなんて、この人に限ってあるわけない。
茜の無神経さに腹が立ったが、彼女はただ単に私をからかっているだけであって深い意味などない。
むしろ彼女もあるわけがないと思っているからこその内容だ。


電車のドアが開き、先に降りる人を見送ったあと私たちも乗り込んだ。
こちらの車内は空いている。席もガラガラだし余裕で座るスペースもあった。

ドアから歩いて中ほどの空いている席に座ったものの、私は先ほどまで手に持っていたものをベンチに置き忘れたことに気がついた。

振り返ってベンチを見ると、飲みかけの缶コーヒーがある。

─────しまった、やってしまった!


「主任、ごめんなさい!コーヒー取ってきます!」

「え?」


私が立ち上がったので主任が目を丸くしてこちらを振り向く。

せっかく買ってもらったのに、私ったら最低だ!

ホームや車内に、「間もなくドアが閉まります」のアナウンスが流れる。
コーヒーを取ってギリギリ戻ってこれるかな、とドアからホームへ飛び出そうとした。

その私の手を、後ろから伸びてきた主任の手が力強く止めた。


「危ないからダメだ!」

「あ……」


プシューッという音がしてドアが目の前で閉まった。

手を引かれた反動で私の身体は主任にぴったり密着しており、お互いの呼吸がすぐそばで聞こえた。

ヤバい、と思ってももう遅い。
私の顔は真っ赤になってしまった。


「す、すみません………。コーヒー……置いてきちゃった……」

「コーヒーなんていいよ。怪我したら大変だ」


初めて主任のちょっと怒ったような表情を見たような気がした。

乗客は私たちだけではない。
とりあえず無言で元の席へ戻って座った。


動悸みたいに鳴り続けるドキドキは、しばらく止まりそうになかった。
あんなに近くに彼の顔が近づくことなんてなかったから、戸惑ってしまった。