ハイド・アンド・シーク



─────それは、営業部の越智くんだ。
彼はどうやらまだ森村さんを諦めていないみたいで、その気持ちはわりと営業部の人間にはオープンにしている。
特に、彼が唯一自分を解放できる場所らしい、酒の席で。


「この間もね、一ヶ月通い続けたところに断られて。めちゃくちゃ凹んでたんですけど、たまたま通りかかった森村さんが声かけてくれて。なんていうんですかね、癒しですよ、癒し」

「……そうなんだ」

なぜか俺は時々営業部の飲み会に呼ばれる。
同じ営業課だし、交流は持っておいた方が絶対的にいいに決まっているので、誘われた時は時間が許せば参加しているのだが。

何も知らない越智くんが俺の隣で、森村さんへの想いを切々と語るのを聞いていると、なんとも言えない気持ちになる。

「前に好きな人がいるってやんわり断られたんですけど、でも俺、諦めない!付き合ってるわけじゃないならいいと思うんですよ!そう思いません?有沢主任!」

同意を求めるように、俺の顔をじっと見つめてくる。さっきからあおるようにビールをぐびぐび飲んでいたから、すでに顔は真っ赤になっている。

……大丈夫かな。ちゃんと笑えてるか自信ない。

「越智、あまり絡むなよ〜。有沢くんが困ってるじゃないか」

と、少し離れた席に座る営業部長が彼を注意するもあまり効果はないようで、越智くんは俺が歯切れが悪く聞き役にならないことを察してさっさと別な人に絡み始めていた。

「悪いね、あいつは酒が入るとどうもなぁ。普段はいい奴なんだが」

「いえ、大丈夫です」


部長の隣の席が空いているのでそちらへ移動し、空いたグラスにビールをついだ。それを受け取りながら、どうしたものかと部長が顎のあたりをさする。

「そのうち森村さんに言っておかないとな」

「え?何をですか?」

「越智のこと。あれだけ言ってるんだから本気なんだろう。ちょっと考えてやってくれ、って」

「それはちょっと……」

やめていただけませんか、と喉まで言葉が出かかる。寸のところで押さえたけど、どこまで介入していいのかも微妙なところだ。

言い詰まったら、即座に部長が訝しげな顔をした。

「ん?何かあるのか?」

「いえ、別に」

「じゃあ、ちょっといいかな有沢くん。ほら前に言ってた俺の娘を紹介したいってやつ。あれ、どうする?」

えー!あの話、続いてたの?
もうほとんど忘れかけていたのに。

「あの、すみません。付き合ってる人が……」

「えぇ、そうなの?いつの間に!」

残念だなぁ、とぼやく部長にすみませんと再度謝った。


そうしながらも、離れたところで森村さんへの気持ちを吐露している越智くんが引っかかって、なかなか落ち着けなかった。
その後も部長の話はうわの空だった。