ハイド・アンド・シーク



思いがけず森村さんの方から「好きです」と言われたのは、それからすぐのことだった。

朝から例のリリース原稿にかかりっきりで、彼女は傍目から見ても追い込まれていて、どうやら昼休憩もろくにとらずに改稿を重ねているようで、ちょっと可哀想なくらいだった。
真面目な性格ゆえ、中途半端には終わらせたくないというのがうかがえる。

そして俺も似たような性格なので、「まぁこれでいいか」程度の原稿でゴーサインを出せない。
彼女には本当に申し訳ないと思いつつも、つい上のレベルを求めてしまう。だけど森村さんは、文句も言わずにちゃんとついてきた。


会社に置き忘れた携帯を取りに戻ったら、彼女が一人きりで残っていたのでかなり驚いたけど、それ以上に驚いたのが告白だった。

目の前で泣かれて、パソコンの画面を見るためなのは分かるが顔を近づけてきて、こちらの動揺は彼女は一切分かっていない。
その上に告白と来たから、さすがに困った。

森村さんは天然でやってるのか?
たぶん、計算なんかするような人ではないからそうなのだろう。
それにしたって、夜遅いオフィスで二人きりの時に告白をしてくるとか、無防備すぎる。

どれだけ苦労して、彼女を抱き寄せてキスしたい気持ちを抑えたかもう今は覚えていない。
会社でそんなこと、絶対にしちゃダメだ。万が一誰かに見られたら、お互いに大変だし。

無言を貫いたから、彼女は俺が拒否したと受け取ったみたいだけど、とにかくコンペが終わるまでは答えを保留することにしたのだった。

まさか両想いだったなんて、予想していなかったことだったけど。

─────え?いま好きって言った?気のせい?仕事の疲れで思わず言ったとか?聞き間違いじゃない?
と頭が混乱したけど、そうじゃないらしい。

とにかく、冷静に。
今は仕事に集中して、これからは彼女と話す時はなるべく好きだという感情は消すようにしようと心に決めた。

喜びとか、悲しみとか、怒りとか、昔からリアクションは薄かったので、この時も舞い上がらないようにしたのだ。そうじゃないと、自分を保てなそうで。



正式に森村さんと付き合うようになり、社内恋愛ってちょっと怖いなと思った。

同じ部署だと毎日会うし、すぐそこに好きな人がいて、それが恋人ともなればついつい余計な感情が入り込んでくるわけで、贔屓するような言動や、無駄に近づくような仕草もしない方がいいと気を遣う。

それから、これは俺の問題なんだけど、彼女に明らかな好意を持って近づく男の姿も見えてしまうのが、すごく嫌だった。