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「丁寧に扱ってくださいよ。それ、1冊しかないんですから」
「えっ…まあでも納得。こんなの何冊も作れないよね」
昼食を早々に食べて取り上げられてしまった図鑑を取り返して続きを見ようとしたら、トーレンにそんなことを言われて私もうんうんと頷いた。全部手書きで凄いな、と感心していたところだ。
気になって最後のページを開いて著者を見たら英語で言うところのアルファベットで"N.M&Y.M"と書かれていた。
…えっと、まさか、ね?
「これもしかして、ノイシュとヨハン?」
「そうですけど」
その部分を見せながらトーレンに問いかけるとあっさりと頷かれて、いやもうビックリして言葉が出なかった。作られた年号は5年前。
ちょっと待って、この素晴らしい絵は誰が描いてこの達筆な文字は誰の字?
ていうかその前に、ヨハンってあのヨハン……?
「……よし」
そのときちょうどペンを机の上に転がせるようにして置き、肩と指をポキポキと鳴らせたノイシュが立ち上がった。
どうやらお仕事が終わったらしい。
「そうだな、その図鑑から話すか」
彼は意気揚々とそう言い、トーレンに終わった書類を手渡しお茶の用意をパシらせると自身は何冊か本を机と本棚から取り出して奥の部屋に持って行った。私もついていき、テーブルの上に積まれた本をまじまじと見る。
全部ドラゴン絡みの本だった。どれも分厚い。
「もしかして、これ全部2人で作ったの?」
「そうだが」
またまたあっさりとそう答えられて、ひゃー、と絶句した。ここにあるだけでどれだけの価値があるんだろう、と気が遠くなりそうな製作期間と苦労を思いつつ、凄く話したそうにしていたのはドラゴンが関係していたからだったのか、と合点がいった。
何冊か手に取っては戻し、その出来栄えをパラパラとめくって確認した。どれも丁寧かつ繊細に作り込まれていてとても手作りだとは思えない。
「俺がドラゴンの研究に本格的に没頭し始めたのは10年前だ。そして6年前から1年間ほど各地を巡りドラゴンについて調べ始めた。そのときに同行させたのがヨハンだ」
「その間、私はヒアのお世話でたいへんでしたよ」
バン、とちょうどドアを開けて入ってきたトーレンが不貞腐れたような顔で入ってきて手際よくお茶の準備を始めた。美味しそうなマドレーヌに目を奪われたけどノイシュの話も聞こうと思って、まずは彼の話に耳を傾けた。


