発つ者記憶に残らず【完】



そしてお風呂から上がって部屋に戻るとトーレンはまたさっと帰って行った。よほどノイシュが心配なのかそわそわとしていて、早く帰るように促すと素直に従った。

さて、と思ってランプを消してベッドに潜り込むと冷たかったシーツが温かくなってきた。足を絡めて少しでも足先が冷えるのを防ぐ。

体を丸めて目を閉じながらこれまでのことを振り返った。

ここに来てからまだ数日しか経っていないのに実に濃厚な日々で、もう随分前からここにいるような気がしてならない。

個性的な人に出会って、知らない世界のことに驚いて、神秘的な光景に目を奪われて…

実は影武者の子供だった、と聞いたときは驚いたけど、やっぱり特には思わないな、と思った。だってこれまでそうだったし。

私の存在がなくなるということは、親子関係も無かったことになる。異性からの告白云々の前に、親や家族も騙すことになり私はそのことでもいつも憂鬱に感じていた。

道理の辻褄が合わせやすいのか、いつも私は末っ子。私の部屋だったところは物置きとかにでもなっているんだろうか。写真からも消えて、名前も存在も消えて、私がいない世界がそこに出来上がる。

私だけがいなくなった世界はどんなところなんだろう。何か変わった?何も変わらない?違和感もない?少し違うなーとも思わない?

私を知り心を寄せてくれた人たちを騙し続けたけど、あなたたちはそんな私をどう思う?

ふざけんなって怒る?あり得ないって拒絶する?大変だったねって同情する?

考えても考えても答えなんて出るはずもなく、いつもだんだんと考えるのをやめるのだ。ごめんなさい、といつも繰り返してみるけど、それを聞いた人たちの顔を想像することができない。

さらにゴードンの部屋に戻ると親を親とも思わなくなるから不思議で、あの人たちには迷惑かけたな、といつも申し訳なくなる。こんなことに巻き込まれて迷惑だっただろうに。私という存在がその世界では異物なのだと毎度感じてやるせなさも感じてしまう。

パラレルワールドがあるとわかってもその考えは変わらない。私がいなくなった瞬間私がいた世界がパラレルワールド化し、私が元々いなかった世界に元に戻る、あるいはシフトチェンジする……ちょっと難しいことかもしれないけど、要は、映画のフィルムをちょん切って繋げるようなイメージ。

私がいた時間のみを切り取って、私がいないパラレルワールドの同じ時間を貼り付ける。そうすれば辻褄が合い、私がいなくなった後の世界は何事もなかったかのように円滑に進む。

でもそうすると、切り取られた方のパラレルワールドはどうなるんだろう。そうやってできた感覚のズレはどこまでしわ寄せが行くんだろう。

……そうか、そこらへんをどうにかするのがゴードンたちの仕事か。それならこんな面倒な罰、作らなきゃいいのに。

私が今見ている世界がゴードンたちが作った偽物、コピー、レプリカではないことを祈りつつ、だんだんと眠りに落ちていった。