発つ者記憶に残らず【完】



でも私は思い出して一瞬にして笑顔を引っ込めた。

育成場が建つのはあの焼け野原になってしまったヘイト村。ドラゴンの灼熱の火炎によって跡形もなく消えてしまったあの場所を思い出してすっかり気分が沈んでいった。

あそこに人がいたかもしれないと思うと急に鳥肌が立って思わず両腕を抱きしめた。


「どうかされました?寒いのですか?」

「いや…ちょっと、ね」


急に私の元気が無くなったからトーレンが足を止め心配そうに見つめてきた。ごめん、これは個人の問題なんだ。

言葉を濁して頑なな私の態度にトーレンは首を傾げただけで、それ以上は言及してくることはなく、ゆっくりとまた歩き出したから私もそれに従って歩き出した。


「そろそろ着きます。鍵はありますか?」

「…うん」


心なしか優しい声色に促され、胸元から鍵を手繰り寄せた。失くすといけないから、と首から提げるようにノイシュに言われているのだ。

自分の部屋の前に着き鍵を開けて中に入ると、トーレンは"夕食を準備いたしますのでお待ちください"と踵を返していなくなった。私も鍵をまた閉めて部屋のいたるところにあるランプに火をつける。

その穏やかな灯りを椅子に座って頬杖をついて見つめていると、コンコンコンと3回ノックされた。本当なら覗き穴があると便利なんだけどドアに穴を開けるわけにもいかないから、3回ノックする人はノイシュと関係のある人、となっている。

でもそれを知ったヨハンが真似して3回ノックしてて、開けたらそこに立っていたらお化け屋敷よりも怖いな、と思って開けるのを躊躇っていると今度は声をかけられた。


「ディアンヌ様?」


あ、トーレンの声だ。ごめん、疑って。

慌てて立ち上がり鍵をガチャリと開けてドアを内側に開けるとワゴンと一緒にいるトーレンがいた。訝しげに見下ろされて私も気まずくなり苦笑した。


「またヨハンだったらどうしようって思っちゃって…」

「大丈夫ですよ。僕がすぐに戻ることがわかっていますから」


あ、"僕"って言った、と思いつつトーレンを部屋に招き入れる。


「それにしても、いつ見ても凄い部屋ですね」


それな、と思いつつテーブルに食事を並べるトーレンを手伝った。部屋の中は相変わらず不思議の国状態。


「私の趣味じゃないからね」

「わかってます。あなたはもっと質素な方がお好きでしょう」

「自然派と言ってよ」

「はいはい、自然派ですもんね」


軽い受け答えをするトーレンに対して、こいつちゃんと聞いてないな、と思ったけどもうスルーすることにした。