「生き物みたいでなんか不思議だよね」
スケッチされた紙を持ち上げて眺めると、文字がどのように変化していったかが矢印を交えて書かれていた。なんとも言えない言語の見た目にうーんと唸る。
中国語…草書体…くさび形文字…ミミズ…
ミミズ…?
私の知識でもってさえも表現しづらく、ダメだわからない、と諦めて紙をテーブルの上に戻した。
「とりあえず全部の鱗を確認する」
「お待ちください。その前に夕食にしましょう」
「その間にもこの文字が消えたらどうするつもりだ」
「うっ……」
ギロッとノイシュに睨まれたトーレンは蛇に睨まれたカエルのように硬直したまま動かなくなった。いやいや、メデューサじゃないんだから、とトーレンの目の前で手をヒラヒラとさせると意識が戻ってきたのか軽くその手を払われた。
「じゃあ私、自分の部屋で食べるからトーレン送って」
「え?あ、はい…」
「おやすみノイシュ。明日また来るからね」
ノイシュに声をかけてからトーレンの背中を押して執務室から出ると、トーレンは呆れたような顔をしていた。
「ノイシュ様、ああなるとなかなか手がつけられなくて…周りが見えなくなってしまうんです」
「そうみたいだね。でもそこは人のこと言えなくない?」
「そうでしょうか?」
廊下を歩きながら話すとトーレンは目を丸くさせた。
もうすっかり辺りは暗くなって、トーレンが持っているランプの灯りを頼りに私の部屋に向かっている。
「図面書いてるときも似たような感じだったと思うよ」
「それは…息をすることすら線が揺れる気がしますので」
「あはは、それは言い過ぎでしょ」
「いえ。それほど魂を込めて書いているのです。でも何度もやり直しになり…」
はあ、と彼はため息をついて肩をガックリと落とした。そうかー、と私はその様子を見て頷いた。
「ところで、どんな案をノイシュと押し問答してるの?」
「ああ、はい…ドラゴンは縄張り意識がありますから、あまり個室を狭くしないでほしいと仰るのです。ですが、個室を広くすると収容頭数が減ります。ノイシュ様は10は欲しい、と仰るのですが、希望の大きさで作ろうとするとどうしても8になってしまうのです」
「敷地を広くするつもりはないの?」
「広くすると維持費が加算されます」
「なるほど。それは確かに厄介だけど、無理ということでもないんだね」
「そうなんですよ!限られた資金でやりくりしなければならないのでもうハゲそうです」
「うふふっ、トーレンからそんな言葉が聞けるとは」
「笑い事じゃないんですよお…」
わざと頼りない声で言われて私はさらに笑った。私が思っていたよりもトーレンが普通で安心した。まあ、はたから見てたらイチャついてたわけだし、気分を害してしまったのは確かで内心ビクビクしていたのだ。


