やっぱりまた眉間にしわが寄っていってもうヤクザか何かですか、とトーレンに言いたくなった。ちょうどハサミ持ってるし。

でもトーレンはそこでなぜかハッとしてハサミを引き出しにしまい私を執務室にグイグイと押し出して自分も部屋から出た。そしてちょうどノイシュが外から帰って来た。

…トーレンって、実は凄い人?


「………」


ノイシュは私たちに視線を向けると目ざとく私の右手の包帯に気がついて一気に不機嫌な顔をし、無言でツカツカと大股で歩いてきて、私の右手を掬い上げた。

その右手を凝視した後、鋭い目つきでトーレンを見下ろす。


「トーレン、説明しろ」

「はい。原因はこれです」


いつの間にか別のハンカチで包んでいたのだろう、血のついたヒアの鱗がトーレンの左手に広げられた。大きさはトーレンの親指の爪ぐらいの大きさで、それが数枚乗っている。

鱗は血をはじくのか、血で濡れているというよりは乾いた血が鱗に斑に付いている状態ではげているところは透明なままだった。さらによく見ると、まるで瓶フタのように鱗の縁は細かく鋭利にギザギザと波打っている。


「……で?」


片眉を器用に上げてトーレンを見るノイシュはその一文字だけ言った。あ、まだ納得できてないんだな、とここで察して頷くと思っていたのに予想外な展開になってきたのを感じた。

トーレンは若干、口角を震わせていた。


「ディアンヌ様がこれらを見つけ握ったために傷を負ってしまい……」

「その前を言え」

「は、い……」


話している途中で言葉を挟まれたトーレンはもう縮こまっていた。ノイシュの緑色の瞳による圧力がちょうど見えないこちらにも伝わってくる。

でも、もしかしたらノイシュは以前からこの鱗の存在に気づいていてわざと責め立てているんじゃないか、と私はふと思った。だって、鱗を握る前の段階を催促するなんてやっぱり知っていたとしか思えない。

今にもブルブルと震え出しそうな彼を庇おうと私は口を開いた。


「高いところに光る物を見つけて興味を持った私が勝手に梯子を動かして登って鱗を取ったの。トーレンは何も悪いことしてないし、むしろ私は助けようとする彼を足止めしちゃったから彼は悪くない」

「どういう意味だ?」


幾分かは低さを抑えた声と冷酷さを和らげた目でノイシュに見られて正直少しホッとした。関心の矛先が自分から外れてトーレンも少しだけ安堵した表情をしているのが見えたけど、まだ安心するには早いと思う。


「鱗のことは誤算だっただけ。それに、気づいたトーレンは私が梯子を下りるときに手伝おうとしてくれたけど下着が見えるから断った。だから私が全面的に悪い」

「はー……」


ノイシュはらしくなく、盛大にため息をつきながら目元を手で隠して天を仰いだ。その仕草を見て私もやっと安堵した。きっともう怒ってないはず。


「……トーレン」

「は、はいっ」

「俺の意見、追加しておけよ」

「………かしこまり、ました」


視線をトーレンに戻したノイシュは有無を言わさない口調でそう言うと、トーレンは観念したように項垂れた。きっと、ドラゴンの新しい育成場の案件でどうしても互いに譲れない意見があったんだろう。そのことについて、トーレンへのお咎めを免除する代わりにおまえが折れろ、とノイシュは暗に告げたのだ。

でもノイシュは複雑な心境なのかまだ渋い顔をしていた。