「トーレン、血が袖に付きそう」
「そんなの今気にすることじゃありませんから!」
止血しようと必死になっている下を向いたトーレンの頭を眺めつつ、でも私が気になるしと思ってトーレンの袖を左手で握ると彼がバッと顔を上げた。切なそうに眉間にしわを寄せていて、私はその顔を見て居たたまれなくなり握られた右手に視線を移した。
「…ごめん。本当に痛くないの」
なぜかぽつりと漏れた謝罪。
自分でも謝罪の訳が見つからなかったけど、トーレンも私との温度差に気づいたのかため息をついた。とたんに気まずい空気に包まれる。
「あ、ほら、消毒薬つければしみると思うんだよね…」
この沈黙を破りたくてそう口走ると、トーレンも落ち着いてきたのか、彼は私の右手を左手で掴んで肩に右手を添えると私を奥の部屋に誘導した。
「ちょっと待っててください」
引き出しをいくつか開け、取り出したのは茶色い小さな薬ビンと綿棒、ガーゼ、包帯、留め具、ハサミだった。どうやら右手の治療をしてくれるらしい。椅子に座らされてトーレンは私の目の前に跪き、赤く染まった白いハンカチをそっと外した。血は止まっているものの、乾いた血が手にこびりついていた。
綿棒に消毒薬をつけるとトーレンは自分が痛そうな顔をしながら丁寧に綿棒で右手を撫でていく。プンとアルコールで蒸発した血の匂いがした。
私の手を軽く掴んでいる彼の左手は少しひんやりとしていて、右手が傷に対抗するべく発熱しているみたいだった。
綿棒を何本か真っ赤にさせつつ血を拭い切ると、ガーゼを私の右手のひらに広げてそれごと包帯で器用にぐるぐる巻きにする。傷があったのは鱗の縁が当たっていたところだけで指先には傷が無かったから、手首から指の付け根にかけて親指を避けながら巻かれた。
最後に留め具で包帯の末端を固定するところまで、私は黙って見つめていた。
「…終わりました」
立ち上がりながらぼそっとそう言い、取り出した物を引き出しに戻し始めた彼の背中はやけに心細く元気がない。丁寧に巻かれた包帯を手のひらを広げてひっくり返しながら眺めていると、コツ、とトーレンの革靴のつま先が見えた。
見上げると不機嫌そうに佇む彼の姿が目に映った。
「…あなたは一体何なんですかね」
「……え?」
私も立ち上がっているとそんなことを言われ、言葉の意味がわからず聞き返した。でも聞き返してから心当たりがなくもない、と思った。ドレスを汚したときも確かこんな感じの表情をしていた気がする。
「危なっかしいんですよ、見ててこっちは」
「そんなこと言われても…」
特に何かしているわけじゃないんだけどな。ただちょっと不運というか、起こったものはしょうがないじゃん、と諦められる私をトーレンがそう感じるだけで、そんな迷惑そうに言わないでほしい。
「僕たちの気を引きたいんですか?ノイシュ様を誑(たぶら)かそうとしているように見えて正直不愉快なんですよ」
さっきから言ってることがめちゃくちゃだな、と思いつつ、僕、と言ったから彼は本心から言ってるんだろうな、と思った。
まあ確かに、最初はトーレンに話しかけたり書類を取ってちょっかいだしたりしたし、ノイシュに抱き着いたこともあるし現実離れしたことも言った。そのことでトーレンを混乱、困惑させてしまったのも事実で、積み重なる私との接触が彼の何かを爆発させてしまったみたいだった。


