「じゃあ、引き留めて悪かったわね」

「いえ…」


軽くお辞儀をしてその場を後にしいったん部屋に戻ると、マーガレットは入口からそれ以上入らず、振り返るとドアを開けたまま私を見ていた。


「それではまた昼食の時間にお迎えにあがります」

「うん。ご苦労さま」


返事と一緒に1言添えると、マーガレットは一瞬目を見開いてすぐに戻しパタンとドアを閉めた。

うーん…私のディアンヌじゃ、ちょっと素直過ぎるのかな。ノイシュといいマーガレットといい、反応がいちいち気になってしまう。

マーガレットがいなくなったことでのびのびとした気分になり両腕をぐんと上に伸ばした。洋食の食べ方はもう慣れてるけど肩が凝るのは事実でついでに言えば緊張ももちろんする。

ふう、と息を吐きながら下ろして、さてさて、と手帳を引き出しから取り出す。今度は椅子に座って机に向かった。

こうして束縛されないのは何を教えても身分が低いにも関わらずディアンヌが真面目にやってくれなくて、周囲が諦めたらしくもう放置しているからだ。勉強もできなくてバカで愛想がなくてただの観賞用の女の子。

そんな子に興味を持つ人は王様ぐらいで、マーガレットだってお世話をやりたくてやってるわけじゃなさそう。兄弟たちもあまり関わろうとしてこないし、視界にすら入ってるか微妙だったけど案外見られてるんだな、とは今朝の様子で感じた。

完全にディアンヌになりきるのは…やっぱり無理がありそう。そう思いながら頬杖をついて手帳を読みふけった。

そのうち昼ご飯の時間になってマーガレットが呼びに来てまたあの食卓を囲んだ。でも今度は誰もいなくて首を傾げたけど、どうやらみんな忙しいみたい。

さっさと食べ終えてその部屋から出ると、廊下でちょうどレイドに話しかけていた騎士とすれ違った。目が会い軽く会釈すると彼は立ち止まりじっと私を見てきた。私もつられて立ち止まるとマーガレットが怪訝そうに聞いてくる。


「ディアンヌ様?」

「…マーガレット、ここでもう平気」


そう言われたマーガレットはまだ怪訝そうに眉根を寄せていたけど大人しく引き下がってくれたからホッとした。小言を言われるかもしれない、と思ったけど何も言われなかったのが幸いだ。

書類の束を抱える目の前にいる騎士はマーガレットと私を交互に見てから私に視線を戻した。

モブかと思ってたけど、わりと使えるかもしれない、と思い直して彼にこの後の時間を割くことにしたのだ。


「この後ちょっと付き合えない?」


私がそう声をかけると、彼は何か勘違いしたのか頬を朱に染めて慌てた。


「あ、ええっと、その、まだ業務がありまして…」

「その後で結構よ」

「は、はあ…左様でございますか」


ちょっと強気で出てみたら気の毒に思うほど慌てられて申し訳なく思った。別に取って食いやしないのに、と思いつつ歩き出した彼の後ろについて歩くとちらちらとこちらを見ながら歩かれたもんだからつい言ってしまった。


「前見て歩いて、危ないから」


ああ、また私のお節介が働いてしまったな、と後悔。今までのディアンヌだったらきっと言わないことだ。というか、ディアンヌだったらこんなモブ騎士に声かけたりなんかしないんだろうけど、生憎こっちは必死だった。

私のことをマリアか、と聞いたあの青年…

絶対、私達のことを何か知っている。