「だから、皇太后は、私に先帝を討つように言えた。円皇后は……皇后位にいながら、その権力の使い方を誤っていたんだ。支えるのではなく、従うように使ってしまっていた。本当に、皇帝が間違っているのなら、皇后が、唯一の家族であり、妻であるものが止めなくてはならないのに」


「……」


「共に死ぬ覚悟があったのなら、一言、ただ一言、兄上に投げ掛けて欲しかったと、私は思うよ。兄上はずっと露珠の母を―佳音を求めて、愛していたんだというものがいるけれど……それはないと、思うから」


「……ないの?」


変な執着。


それも、今回の事件の一端。


「ないよ」


それなのに、黎祥ははっきりと否定する。


「どうして?」


「どうしてって……それは……、私も、本気で人を愛することを知ったからかな」


そう微笑まれて、自然と頬が赤くなるのがわかる。


移ってしまう。


笑みを零すと、


「私は、お前を守りたいと思う。守って、幸せでいて欲しいと。その為なら、何だってすると。愛には色んな形があることは知っているが、兄上が佳音を本気で求めていたのなら、何だって出来たはずだ。閨に連れ込むことも、無理やり、自身の妻にすることも、なんだって。でも、それをしなかった。しない代わりに、自身が眠る時にそばにいさせた。何も持たせず、何も仕込ませず、身綺麗なまま、自分のそばにいさせた。話を聞いてもらっていた、頭を時々、撫でさせていた。そして、あの日、佳音は兄上の寝室の手前で死んでいた。―兄上が佳音に求めていたのは、私が翠蓮に求めているものと、遥かに差があるだろう」


黎祥はその話を、当時、先帝に仕えていたという女官に聞いたらしい。


その女官が話すことには、


『臆病で、常に何かに怯えていました。でも、噂にあるように、暴力を振るわれたことは一度もありません。暴虐な皇帝として、彼は後世に名を遺していくでしょう。でも、私は忘れません。せめて、自分が死んでしまうその日までは、先帝陛下は噂だけの人ではなかった、と―……』


―その話に、黎祥は深く頷いたという。


何も言わず、ただ頷いて、彼女を解放したと。