「―ところで、嵐雪さんは後宮に入れないんじゃ……」


案内してもらっていてなんだと思うが、本来、後宮は皇帝陛下以外の男子禁制である。


入れるのは、大事なものを失った元男―……宦官、と、呼ばれる者達と皇帝陛下だけ。


すると、嵐雪さんは歩きながら、


「私は皇帝陛下に許可を頂いております。けれど、念の為、こうして、後宮警吏の方々がお付きになってくださっているのですよ」


と、にこやかに答えてくれた。


後宮を守るもの……通称、後宮警吏は武術の訓練を受けた宦官で構成されており、後宮内で武器を携行することを許され、侵入者や逃亡者がいないように目を光らせている……らしい。


来たばっかりなので、まだ、そういう知識には疎い、が。


「なんか、すいません……」


翠蓮は申し訳なさで、いっぱいだった。


すると、嵐雪さんは笑って。


「貴女が謝ることは、何もありません。私がお願いしたのですから」


そう言ってくれる心優しい嵐雪さんの後を大人しくついて行きながら、翠蓮はなるべく、周囲を見ないようにした。


嵐雪さんは内閣大学士―……つまり、皇帝陛下付きの秘書官であるそうで、さっきから女官の視線が痛いこと。


「……黎……皇帝陛下は、未だ一度もお渡りをしていないのですか?」


黎祥の名前を言いかけて、翠蓮は言い直す。


名前で呼ぶと、間違いなく、文字通りに首が飛ぶ。


嵐雪さんはとてもいい男性だけど、きっと、皇帝陛下付きだからっていう理由で、注目を浴びているって方が正しいのだろう。


彼の行動を見て、もし、目に止まれば……と、いう、淡い期待を抱いている女性達。


こんな所で、ただ一人の愛を待ち続けて……それは、果たしてこの国のためになるのだろうかと、思うべきところは沢山あるが、翠蓮が何かを考えたところでどうしようもない。


「ええ。病み上がりだからという理由で、政務に没頭されています」


つまり、後宮には近寄らない、と。


「そうですか……」


後宮に近寄らないのは、明らかに問題なのに。


ほっとしている自分に、翠蓮は嫌気を感じる。


と、いうか、病み上がりという言い訳を使うのなら、寝てればいいのに。


それをしないのが、黎祥だってことは知っているけれども。