そう考えると、夏艶は彼女を止めてしまった。


娘は大事だ。


けれど、だからといって、誰かを犠牲にすることもできないのだ。


夏艶には、その決断はできない―……。


「夏艶様!?離してくださいっ」


「っ、ダメ!ダメよ!!蘭怜は大事だけど、貴女を引き換えになんて―……っ!!」


「そんなことを言っている場合ですか!?後宮の皆々様は、既に避難しています!蘭怜様を救い出してくるだけですから……」


「ダメよ!!」


若琳はいつだって、夏艶の味方だった。


彼女がいてくれたから、夏艶はここで生きてこられた。


陛下の密偵でありながら、若琳は陛下を欺いていてくれた。


バレてしまえば、命は無かったのに……。


「―夏艶っ、」


ぱんっ、と、両手で両頬を叩かれる。


顔をぎゅっと挟まれて、ひき付けられ、若琳の顔が迫る。


「貴女は、あの子の母親でしょう!悩んでいる暇があるのなら、行動しなくてどうするの!?」


―それは、一人の女官ではなく、一人の高位妃としての言葉。


本名、練花美という名をひた隠しに、表向きは妃でありながら、密偵をしている若琳。


強い瞳は、夏艶の心を揺らして。


「だっ……て……だって、また、失ったら……」


怖い。


怖いの。


あの日みたいに、何も出来ない自分が。


『また、来世で』


愛した人すらも、救えない無力な自分が嫌なの。


人伝に聞かされる、大切な死を。


もう二度と、経験したくない。


娘は大事。


でも、もう生きているのかすらわからない娘を助け出すために、若琳を犠牲にすることは出来ない。


―先日、皇后陛下からお手紙を貰った。


そこに書いてあったのは、確認したいことがあるということ。


夏艶の知らないところで何かが起こっているらしく、今はとても、後宮内が騒がしかった。


そんな中、起こったこれだ。


意図的に起こったものだと、考えても仕方が無いだろう?


「蘭怜は大事っ、だから、あの子を救うのは、私がやる!」


夏艶は衣を脱ぎ、水場を探す。


火は怖いけど、あの子は大切な宝物だから。