「いや」


翠蓮は、笑顔で言い放った。


脳裏には二年前、『助けてくれ』と嘆く人々の姿が思い起こされた。


生きたかったのに、その人たちの未来は永遠に失われてしまった。


「生きたくても、生きられない人だっているの。私はそんな人を沢山見てきたわ。だから、『死なせてくれ』なんて、勿体ないお願いは聞きません」


彼は唖然とした後、


「……お前が、私の何を知っていると言うんだ」


雰囲気を変えた。


ゾッとするほどに、冷たい空気。


「放っておけと、言っているだろう?それとも、なんだ?何か、見返りが欲しいのか?欲しいなら、くれてやる。だから、放っておけ」


冷たい声が、翠蓮の背筋を這う。


けれど、それ以上に沸きあがるものがあった。


「ふざけんな!見返りなんかいるか!!」


雨に塞がれた世界の中、翠蓮の声が真っ直ぐに響く。


「怪我しているから、手を差し伸べているの。普通、困っている人には手を差し伸べるのが常識でしょうが!」


「……そうなのか?」


「そうよ!だから、貴方のお願いは聞かない」


言い返されるとは思っていなかったのか、青年は怪訝そうに、こちらを見てくる。


「皇帝陛下の命令としてでも、私は嫌と言うわ。どれだけの身分だろうが、命は大事にしてもらわないと困るの。貴方が捨てたいと言った明日は、今日、死んでしまった人達が心から望んでいた未来だったんだから」


「……」


軽々しく、死にたいなんて言わせない。


それは、翠蓮の過去の後悔からくるもので。


「大体、死にたかったのなら、暗殺者に反抗する必要もなかったじゃないの。反抗して、命からがら逃げてきたってことは、心のどこかでは生きたいと願っているからではなくて?」


そう言うと、彼の目は揺れた。


まるで、迷いを見つけだしたように。