「っ」
女は流雲の姿を見ると、全く逆方向に駆け出して、外に飛び出してしまった。
中は既に、火の海で。
「あの人は誰です!母上!!」
近づいてこようとする息子に、愛晶は笑いかける。
「―来るなよ、流雲」
「なっ」
「そなたはずっと、私を憎んでいればいい」
それが、愛晶の終わらせ方。
流雲の背後には、若琳が居て。
きっと、途中で出会ったんだと思うと共に、諦めの悪い二人に苦笑がもれた。
廉海のいないこの世で、これ以上、愛晶は無意味に息をするつもりは無いのに。
ここに来て、早三十年と少し―……廉海は待ちくたびれたと、怒っていることだろう。
「―愛晶!」
煙のせいか、意識が遠ざかっていく。
遠くに見えた、流雲の姿はなく。
代わりに、懐かしい人が立っていた。
「いや、蘇貴妃」
言い直して、懐かしい人は―祥星様は、笑う。
「大儀であった」
―貴方に愛されることは無かったけれど、愛されることを望んでもいなかったけれど、その言葉だけで、十分です。
これで、何のしがらみもなく、廉海に会いに行ける。
莉玲に出会って、流雲を育てたことは今となれば、誇りのひとつ。
「"龍神降り立つ―……」
声が、玉となって日に消えていく。
胸に去来する思いが熱となって、涙が溢れる。
後宮に入ってから、愛してくれなくても、いつも人として見てくれて、尊重してくれた貴方。
そのあなたは、廉海に重なっていました。

