母は捨てられずにすんだけれど、心は晴れないまま。
入宮は、成人とともにと定められた。
(あと数年……)
刻一刻、刻一刻と、その日が近づくにつれ、愛晶は行動をじんわりと制限され始めた。
息苦しくて、大声を出して、走り回りたいと思った。
でも、そんな願いも粗末事。
父の耳には、心には、届かない。
妃に必要なこと以外、何も知らなかった愛晶だが、父の罪を知らなかった訳では無い。
父は、兄は、多くの人間を殺していた。
そして、多くの人々の恨みを買っていた。
そう、それこそ、暗愚と思っていた淑祥星、もうすぐ、愛晶の夫となる人間からも。
―そんな中で、愛晶に彼の皇后になれだなんて、到底、無理な話だった。
既に、柳家の翠蘭様と仲が良く、未来の皇后だと噂されていることも知っていたし、彼自身が翠蘭様を尊重していることは、見れば分かることだった。
だから、せめて。せめて、少しだけ。
その思いで、陛下の大婚(皇帝陛下―ここでは、淑祥星―が多くの妃を娶ること)までの数年。
初めは、好奇心だったんだろう。
愛晶は家を飛び出した。
飛び出して、近くの道観で姿を消して、少し、外の風景を楽しもうと思った。
でも、先程述べたとおり、愛晶は無知だった。
美味しいものにはお金がいることも、自分が身にまとっているものは全て、民が生活するのに一生困らないほどの値打ちがあることも―……。