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「……落ち着かないわ」


「ん?」


立后式を終えてからの、宴。


気を休める暇が無さすぎて、少しばかり演技をして、黎祥に宴を抜け出す口実を作ってもらった翠蓮は、皇后らしからぬ姿で、石段に腰をかけていた。


気がつけば、初夏。


咲き誇る藤は濃紫色が美しく、香るかおりは翠蓮を楽しませる。


翠蓮の独り言に振り返った皇帝―黎祥は、そばにいた宦官に藤の束をひとつ切らせて、どうやら、部屋に持ち帰る気であろう。


寝室がこんな香りになるのかと想像すれば、少し、楽しく感じた。


「どうかしたのか?」


「それがね……」


黎祥は翠蓮の横に座ってはいたけれど、何も、この宴の間、ずっと、翠蓮のことだけを見ていてくれたわけではない。


彼には彼で相手にすべき人たちがいるわけで、翠蓮は一人で数多くの妃達と話していた。


人と話すことや触れ合うことは嫌いじゃないが、やはり、後宮のそれとは何か違う。―間違いなく。


「灯蘭様たちも、出られればね……」


「これは、そういう宴じゃないからな。……疲れたか?」


「少し」


黎祥に手を差し伸べられて、その手を取り、立ち上がる。


儀式は、あと、一刻程で始まるんだろう。


始まったら、翠蓮は龍神が愛好していたと言われている各所を回り、黎祥の治世の安寧を神々に祈らなくてはならない。


それが、皇后の仕事らしい。