「宴……宴は、二刻くらいだったかしら。早くしないと、言われた作戦に間に合わなくなるわね」


杏果も立ち上がり、へろへろな足に触れる。


(翠蓮が、戦っているんだから)


主人が頑張っているのなら、杏果も命をかけるべきだ。


今回、翠蓮は杏果を信頼して、大事な調査を任せてくれた。


小姐たちのおかげで早く済んだといえども、その事実はやはり重く、また、杏果を驚かせた。


―恋に溺れてしまったら、何も見えなくなるなんて。


言い得て妙だが、的を得ている。


かつては妓女で、今は妃で、たおやかに微笑んでいたあの人が。って感じだけど、……人生というものは、本当、どうなっているのかわからない。


「大丈夫か?」


心配そうに身を案じてくれる蒼月は、全然、疲労を感じさせない雰囲気で佇んでいて。


「ええ。―ひとりじゃないもの」


暗闇が苦手だし、彼のことを認めたわけでもなんでもないけれど、今の子の行動が翠蓮の為になるのなら、協力してもいいかなって気分になるの。


彼を見上げて、挑戦的に笑いかける。


すると、


「流石、俺の惚れた女」


と、見たことも無い、綺麗な笑顔を向けられて。


「何言ってるの……」


軽く身を引いてみせると、


「その反応は、初めてだなー」


と、笑われてしまった。


「ほら、杏果、手」


蒼月は振り返り様に杏果の手をとると、一歩ずつ、前に進んだ。


杏果の足の痛みに合わせるように、一歩ずつ。


―両親を失って、姉を見失って、一人になって。夜道を一人で歩き続けたあの孤独を思い出すから、暗い場所は今も嫌いで。でも、何故か、彼の手の温かさに触れていると、そんな恐怖心は和らいでいってしまう。


(不思議だわ……)


彼の笑顔を見た時、不覚にも、ときめいてしまった自分を叱咤して、杏果は蒼月と先を急いだ。