「玉座の上では善心など役に立たない。玉座にいる以上、非道でなければならない。―それが、現皇帝の口癖だ」


この男は、貴族なんかじゃなかった。


貴族なんてものではなく、もっと、大きな存在だった。


この国の、一番の御大身―……。


「……皇帝として、ひとりの女を愛すのは不可能だ。だから、一人の男になった。―なった、はずだった」


片手で顔を覆い、はぁ、と、ため息をついた黎祥。


―いや、皇帝は。


「だから、祥基、お前に願う」


この時初めて、彼は外套を脱いだ。


そして、陽の光のもとに晒された龍顔は、苦しげであった。


深く、頭を下げて……。


「どうか、翠蓮の―……」


―その一言を聞いた時、祥基はあくまで翠蓮の前では、彼は一人の男だったのだと理解した。


1度も、帝王の片鱗は見せなかったのだと。


本来ならば、皇帝が頭を下げることなど恐れ多い。


でも、この時は……この時だけは、祥基は止めることが出来なかった。


その行動に、彼の思いが詰められているような気がしたからだ。


「……分かった。請け負おう」


祥基が頷くと、彼は心底ほっとした表情で。


「ありがとう」


そう、言った。