褥から降りて、帳を捲り、床に足をつく。


そして、その場で跪き、この国においての最上礼をする。


「陛下の御来駕を賜り、恐悦至極の―……」


「やめろ」


けれど、黎祥はそれを受けつけてはくれなくて。


「……礼儀です」


「やめろ」


短な、命令。


あまりにも冷たい声に、手が震えそう。


そうか。


皆が話す、冷武帝というものは今、翠蓮の目の前にいる黎祥のときのことか。


あの優しい瞳を持っているわけでもなく、非情で冷たい瞳をしている貴方。


「……陛下、殿下をこちらへ」


杏果はどこか怯えながら、泣き続ける皇子に手を差し出す。


すると、黎祥は杏果に皇子を預けて、


「すまぬ、皇后と少し話をしたい」


そう言われた杏果は少し視線をずらして、翠蓮の方を見てきたけれど、今の黎祥は"皇帝”だ。


逆らってしまうと、杏果は危ない。


「はい……」


だから、大人しく従ってもらう事にした。


だって、どうせ避け続けようとしても、いつかはこんな風にぶつかる道を選ぶしかなかったんだから。


「遊祥、ほんの少しの間、杏果と待っていてくれな」


杏果が頷くと、杏果の腕の中に移った皇子に優しく微笑みかけて、優しい声でそう言って、優しい手付きで頬を撫でた。