「……逃げられなくなることも、死んでしまうことも、怖くはないのよ」


優しく撫でながら、話し出す翠蓮。


こいつはそんな生温い覚悟で、後宮に足を踏み入れたわけじゃないってことは、わかってる。


「じゃあ、どうして?」


「……それ以上に、怖いものができたの」


「……」


「薄氷の上みたいな、そんな生活が……怖いのよ」


肩を震わせる翠蓮は、両親のことがあってからというもの、滅法に失うことを恐れている。


だからか。


手に入れた、黎祥との幸せすらもなくなってしまうのではないかと。……そんなことを案じても、未来はわからないのに。


「私に、黎祥を守れるほどの力があれば―……」


「あるじゃないか。お前の知識は、あいつを助ける」


「違うのよ……私自身も、よくわからないの。人を信じられないあの場所で、私は、どう生きれば良いのか……」


そういえば、信頼していた人が犯人の一人だったという文面を、貰った。


手紙に書いてあった文字は歪んでいて、紙は所々に涙の痕を隠しきれていなくて。


「もし、もしよ?その生活に耐えられなくなって、立ち上がれなくなって、それで、黎祥もいなくなってしまったら?そうしたら、私、私は―……」


壊れてしまう、と、翠蓮は涙ながらに呟いた。