栄雪麗様は、実父を手にかけた。


理由は実母を殺されたから。


悲願を叶えて、彼女は幸せそうだ。


餓える程に願った自由が、黎祥の気遣いでもう少しで、手に入るから。


親殺しの罪で、地獄に行くことは決まっているのに。


それでも、"今”を、"この瞬間”を愛する人は、美しい。


『……………………黎祥』


独りよがりな、この愛に終止符を打とう。


きっと、自分は永遠に逃げられないんだ。


貴方を愛した、この気持ちからは。


恋の毒に侵された、この身体を捨てられないのなら……湧き水のようにこの想いが溢れることが止まらないのなら、貴方を愛していながら、別れる道しか残されていない傷跡が、ずっと痛み続けるくらいなら。


『……貴方を愛することを、私、やめるね』


そう言うと、黎祥は目を見開いた。


『やめるから……貴方は幸せになってね』


何かを言いたげな貴方は、ゆっくりと手を伸ばしてきて。


―貴方を真っ直ぐにそばで愛してあげられないのなら、貴方が幸せになれる道を一番に選ぶ覚悟をしたい。


『……それでいい』


抱きしめられて、香が鼻を擽る。


『お前がいれば、それ以外のものは何も必要ないと思える時間を過ごせたことを、心から感謝しているよ。翠蓮』


『……っ』


『お前が私を愛さなくなっても、私はお前を愛してる』


腕の力が、強まる。


『愛してる―それだけは、忘れないでくれ。最後の、私からのお願いだ』


……泣くことなんて、出来るはずはなかった。


彼は笑顔だった。


最後、手を離すときですらも。


優しく微笑んで、何も言わずに部屋から去っていった。