「父上はね、自分が四十六歳……先帝が三十歳になった時に、彼に皇帝の座を譲位したんだ。そして、自身は病の療養のため、離宮で静かに余生を過ごしていくはずだった。けれど、四年後の五十歳の時にとうとう……いなくなってしまった」


「……」


先々帝の存在は、民にとって英雄。


貴族に虐められていた平民を救うため、都を二つに分けた。


東と西で居住地を定め、分けた。


そして、問題が起こり、普通に生きられなくなってしまっても、黒宵国の国民を名乗る限りは、衣食住を約束した。


外交も欠かさず、戦では驚くべき戦果を上げ、自由人だったけれども、兄弟同士の継承権争いで生き抜いただけの運を、才能を、決して、無駄に使う人ではなかったと、龍炯帝を知るものは語る。


そんな英雄であった龍炯帝を嫌ったのが、先帝の晋熙帝であり、存在だけで朝廷の腐敗を食い止めていた先々帝がいなくなった途端……


「それからは、朝廷は荒れた。父が兄に譲位した時、すでに、十一歳だった黎祥は辺境に飛ばされていたんだけど、時々、僕の部下が黎祥の様子の報告をくれてたんだ」


翠蓮の記憶にも新しい、晋熙帝の暴政時代が始まった。


飢饉が増え、国境や辺境の人々は常に寒さと恐怖に怯え、都は見た目だけは華やかな、あとは腐りゆくだけの果実と化してしまった。


「晋熙二年のことだったよ。先帝が即位すると共に、皇太后の力で幽閉されてしまった湖烏姫が彩蝶様を殺してしまった、そして、その湖烏姫を、黎祥が八つ裂きにしたという話が、耳に入ってきたのは」


その時、黎祥は十二歳。


血にまみれて、彼は高笑いをしたそうだ。


声が枯れるまで、母の骸を抱き締めて。


……瞳からは、大粒の涙を溢れさせて。