「悲しい?―ああ、そうか。君は愛された子供だったからね」
翠蓮の言葉に首をかしげた流雲殿下は微笑すると、
「別に、悲しいとかいう感情はなかったかな。だって、実の母の顔も知らないからね。一度くらいは抱きしめられたかもしれないけど……僕は、覚えていないし」
と、平然としていた。
「……もしかしたら、我慢することに自然と慣れていたのかもしれないね?」
悪意に充ちた、後宮内。
味方のいない、孤独の部屋の中。
小さな背中が、脳裏に浮かぶ。
ただ一人、幼い彼はこの後宮で何を考えたのだろう。
涙も流せず、感情も知らず知らずに押し殺して。
翠蓮が俯くと、
「―昔の話なんだけど」
流雲殿下は突然、切り出した。
「蘇貴太妃が本当の親ではないことを知った時、直接、聞こうとも思ったんだ。でも、やめた」
「……」
「後宮でね、困っていた妹が……灯蘭がいたから、手を差し伸べてしまったんだよ。それは、蘇貴太妃にとっては裏切り行為みたいなものだったらしくて……何度か折檻されてたんだけど、やっぱり、困っていたら助けたいだろう?」
何度も繰り返しては、殴られる日々。
"生”に、特に執着のなかったことに自分で気づいていたらしい流雲殿下は、その罰を甘んじて受けていた。
「徐々に、悟ったよ。"ああ、そうか、自分は表立って、兄弟と触れ合ってはいけないんだ”って。きっと、それは彼女にとって、真実がバレてしまうかもしれないというとても怖いことで、だから、僕を部屋に閉じこめているのかなって」
「……」
「灯蘭を助けた時の話なんだけどさ、灯蘭、今もだけど、よく泣くんだよ。あの時は、三歳だったかな。閉じ込められた宮から抜け出しては、泣く灯蘭をあやしたなぁ〜」
その当時、泣いていた灯蘭様は三歳。
つまり、流雲殿下は十二歳で、
黎祥は七歳だったということ。
とてもじゃないけど、後宮内の情勢を知るには幼すぎる。

