「無理した、笑顔だったね」


黎祥と別れて、飛燕たちを連れ、向かう先は龍睡宮。


歩いている最中、隣で流雲殿下はそう言った。


「そう、でしょうか?」


翠蓮が自分の頬に触れてそう問えば、


「うん。……僕がめざとすぎるだけかもしれないけど。黎祥は気づいたんじゃないかな。君の笑顔を、ずっと下町で見てきただろうしね」


と、どこかしら、黎祥の気持ちを理解するような言葉を発する流雲殿下は相変わらず、微笑むばかり。


(この人のことを、黎祥の言葉と自分の直感のもと、信じてみようと思ったのは良いとして―……)


翠蓮が気にしているのは、流雲殿下がしたいという、大切な話の方だ。


前世とか、そんなことはとりあえず、どうでもいい。


黎祥とのことも……今は、どうでもいいことだ。


あの人への手紙を書いた日に、心は後宮の碧寿宮の自室へと置いてきたはずだもの。


きっと、その部屋も、今は別の人が入って、生活しているはず。


いや……栄貴妃は体調不良ってことで、宮に篭っているはずだから、女官や侍女は増えていないかもしれないが。


(杏果のことについても、ちゃんと話しとかないとな)


約束は守ってあげないと、杏果は翠蓮に仕えている意味が無くなってしまう。


「……翠蓮は知っているよね。黎祥が、笑っていたかどうか」


「……下町で、ですか」


「うん」


淑流雲―先々帝の第二皇子と言われており、病弱な親王として、後宮に居を構えている。母は、蘇貴太妃。今年で、二十七という。


目の前で翠蓮に笑いかけている、男性にも関わらず、優美な雰囲気の流雲殿下は美丈夫のように見えるが、たまに、"不自然”に病に臥し、寝込むことがあるらしい。


そんな彼にとって、第六皇子の、しかも辺境に送られていた五歳下の異母弟である黎祥との仲はそこまで深そうでは無いのに、流雲殿下が異常に黎祥を思っているように見えるのは、翠蓮の気の所為だろうか。