「―じゃあ、少し話そうか。飛燕達も心配なら、翠蓮から離れ難いのなら、ついてくるがいい。聞かれて困る話もしていないし、僕は臥せる母を心配して、優秀な順薬師に相談しているという建前をとる。ただ……黎祥、お前は皇帝として、暁宵殿に戻りなさいね」
兄としての、言葉。
(ああ、そうか―……)
常に優しい瞳と、柔和な笑顔を浮かべている流雲殿下だけど、やっぱり、どこか偽りっぽかった。
だから、信用できる人ではないと思っていたけれど、この人は"兄弟”の前では、一等、優しい顔をしている。
心から気遣い、思っている。
だから、黎祥たちも信じているんだ。
(だから、病弱な親王殿下ということで、後宮で生きていられている)
本来なら、それは特別中の特別処置のはずであり、行動は制限されるはずなのに、黎祥には信頼され、後宮内を自由に歩き回り、妃にも顔見知りなのは、そのせい。
疑問に思っていたことがするすると繋がり、翠蓮の気分は少しスッキリした。
だから、大丈夫と思って、彼に手を引かれるまま、ついて行こうとすると。
「―翠蓮」
黎祥は何かを言いたげに、翠蓮の手を掴む。
「……陛下?」
振り返ると、
「……今宵、また、行く」
そう言われて。
(貴方がそんな風だから、きっと、私は貴方を諦めきれなくて……ねぇ、黎祥、貴方はどうしたいの?)
諦める覚悟を、
離れる覚悟を、
命をかけて、この人のために生きる覚悟を、
翠蓮は既にしている。
だから、あなたの隣に立てなくても、って。
「―……」
翠蓮はどこか、もの寂しげな雰囲気が漂う黎祥の頬に手を伸ばして、
「お待ちしていますわ」
優しく包み込んで、本当の気持ちはちゃんと仕舞って、笑った。
―どんどん逃げ場のなくなって、答えを問える立場にいない翠蓮には笑うしか、もう方法はなかった。