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夜、黎祥は宮を訪れた。


龍睡宮と呼ばれる、李修儀の住む宮である。


修儀は、九嬪の第四位。


高くもないが、低い訳でもないその地位に付けられたのは、李家出身である故だろう。


「ご案内いたします」


睡蓮の咲き誇る池の上に架けられた渡り回廊を渡った先、拝礼していたのは三人の侍女たち。


案内されるまま、宮に足を踏み入れる。


(雪麗には、文を出していたから……)


彼女のことだ。


恐らく、今回のことにも全面的な協力をしているだろう。


李妃の現れと、黎祥の行動で全てを察してくれるはずだ。


案内された部屋に入る。


香の焚かれていない、無駄なものは置かれていない、淡白な部屋だった。


明珠の帳で隠された褥―……帳を捲り、腰を下ろす。


周囲を見渡すと、赤い飾りが垂れ下がっていて。


「……婚礼、か」


黎祥はその飾りに触れて、ふっ、と、笑った。


後宮を持って、早三年。


というのに、生まれてから、そして、皇帝になってから、この腕に抱いたのは翠蓮のみ。


だから、跡継ぎなんて生まれるはずもなく。


『……陛下』


壁越しに聞こえてきた、彤史(トウシ)の声。


彤史というのは、簡単に言うと、皇帝と妃の閨事を記録する女性のことである。


閨の中でどんな会話が交わされたか、どのような秘戯が行われたかを遺漏無く詳記するため、寝間の隣室に控えている。