「後宮の女官長を務めさせて頂いています、汪香翹(オウ コウギョウ)と申します。後宮全般に関わりを持たせていただいていますので、何かお困り事がございましたら、何でもお申し付け下さいませ」


丁寧な拝礼をする、妙齢の女官長。


翠蓮は微笑んで、薄掛け布の奥から微笑む。


「ありがとう。世話になります」


(確か……辺境にいた頃の黎祥と、その母君の彩蝶様を支え続けた侍女が彼女のことよね……。黎祥が信頼しているとか……)


女官長が去った後、残された翠蓮達一行は、部屋を見て回る。


「―それにしても、残念でしたわね」


部屋の綺麗に揃えられた調度を眺めながら、はぁ、と、ため息をつく天華。


「何が?」


「陛下に突然の用事が入るなんて……翠蓮様にとって、陛下はどのような方だとお見受けします?」


「そうね……」


翠蓮が知っている黎祥は不器用で、とても優しい人だ。


冷酷なんて噂からは程遠い、孤独な人。


「……よく分からないわ」


でも、それは一人の人間としての、黎祥の話。


皇帝陛下の黎祥のことなんて……何も知らない。


「……興味でないの?」


「杏果……」


「事情があるみたいだけど、仮にも、自分の旦那になる人でしょう。他に、三千の妻がいたとしても」


「……」


自分が後宮の一員になったという実感さえ持てないのに、どうして、皇帝陛下の黎祥を知り、愛し、仕えたいと思うだろうか。


翠蓮は、あの頃の平等に付き合える黎祥を忘れられないと言うのに。