貴方が、その視線の先に何を見ていたかなんて知らない。
あの日々が苦しかったか?と、聞かれたら、「幸せだった」と答えるだろう。
でも、それでいいのだ。
忘れられなくても、愛すことをやめられなくても。
「……ありがと、祥基……」
黎祥の正体を知った時、重いものが肩にのしかかった。
黎祥が、常に遠くを見ていることは知っていた。
黎祥と別れること以上の苦しみは、きっと、この先に存在しないだろうとも思った。
でも、それでも、翠蓮は黎祥に失って欲しくなかった。
自分のように、黎祥を大切だと思う人達のことを失って欲しくなかったのだ。……ただ、守って欲しかった。
だから、暗闇の中、黎祥の名前を呼んだのだ。
黎祥の背中に触れて、泣いたのだ。
(でも、私、黎祥に出会えて幸せだった)
その思いを、忘れてた。
『翠蓮、愛してる』
……あの一言を、忘れるべきではなかった。
「もう、大丈夫か?」
「ん。これから、妃として潜り込むために、色々と頑張るよ。でも……辛くなったら、また、来てもいい?」
奇跡だった。
黎祥と出会えたことも、
黎祥と愛し合えたことも。
―それを、忘れずに。
「おう。いつでも来い。……まぁ、一度、お前の兄貴達の面を見に、俺も行くけどな」
「うん。いつでも来て、そして、殴ってやって」
外に出て、陽の光をあびる。
眩しさに目を細め、青い空を見上げて。
「……頑張るね、お父様、お母様」
優しく頬を撫でた風が、
返事をくれた気がした。

