「……困った方」
そっと、頬に触れられる。
絹のように柔らかいその手。
「皇帝陛下と似て、自分の本音を仰らないのね。貴女も」
「……」
「皇太后様が仰ってたわ。この世で一番、皇帝陛下の幸福を願うのは貴女だろうと」
―ここに来てから、多くの人と知り合った。
「願うだけで、良いの?」
―色んな人が、翠蓮に優しくしてくれた。
「このまま、陛下が他の方を寵愛しても宜しいの?」
―だから、わがままは言わない。
無理だと、拒絶した未来を、取り戻すなんて考えない。
誹謗中傷の雨が降る、
嘲笑の雨が降る、
血の雨を降らせながら、
皇帝の帝胤を授かろうと、偽りを降らす。
その中で生き抜いた人達が、この後宮で生きていられる。
恐らく、順徳太妃もまた、色々な艱難辛苦に苛まれてきたことがあるのだろう。
彼女は先々帝の妃であり、灯蘭様と雄星様の母君なのだから。
「……順徳太妃様は、先々帝を愛しておられました?」
質問には答えず、翠蓮は尋ねた。
ここに来て、事情を知るもの全てが問う。
黎祥の傍に、立っていなくていいのかと。
まだ、黎祥を愛しているのかと。
愛している、と、答えても、後宮で生きるという決断を出来ないのは、弱さからなのか。
「愛していたか、と、問われれば……不思議なところです。好感は持てる方でしたが、後宮では皇帝を愛してはダメなので」
「……」
ほら。
翠蓮には、出来そうにない。
だってこんなにも、黎祥を愛しているから。

