「何もいりません。何も、私は欲しくありません」


翠蓮が欲しいのは、彼女の笑顔。


麟麗様を抱き寄せて、翠蓮はゆっくりと目を閉じる。


「笑ってください、麟麗様」


幼い頃、翠蓮は兄の真似ばかりする子供だった。


けど、兄の真似を完璧にはできなくて、よく泣いていた。


そんな翠蓮を見て、父は笑って言ったのだ。


『翠蓮、出来ぬことに挑戦するのは素晴らしいが、誰かを救うことも立派なことだと、私は思うよ。ほら、泣かないで。笑って、翠蓮。笑えば、幸せはあちらからやってくる』


―そして、父と約束をした。


困った人がいれば、自分は手を差し伸べると。


命を捨てろとは言わないが、守りたいものができた時はその為に命を掛ける覚悟をしておけ、とも、よく言われた。


父が、その覚悟をしている人だった。


『お前達三人に、龍神の加護があらんことを』


父は龍神を信じ、崇めていた。


端麗なる眉目と雄々しい体躯を持った父は、文武に秀でていて、優しく、そして母と仲が良く、不得手のない人だった。


礼儀を重んじり、神を信仰し、情け深く、人に慕われる人だったと思う。


そんな父の遺言を守ってか、今現在、


慧秀兄上は、栄貴妃のために、


祐鳳兄上は、灯蘭長公主のために、


二人とも、命を懸けている。


二人とも、命を燃やしてる。


生きている、自分の人生を精一杯。


それはすべて、心の底から守りたいもののために。


翠蓮もしてみたいのだ。


守ることは、誰かに愛を注ぐこと。


黎祥には出来なかった分を……彼を取り巻く人達に捧げたい。


そして、いつか、胸を張って、父に会いたい。


間違っていなかったと、褒めて欲しい。


頭を撫でて欲しい。