「……彩苑?」


それは、自分に頼み事をしてきた女の名前だった。


考えてみるとおかしい話なのに、それでも漠然と二人の男性を探し出さなければと思っていた翠蓮。


もし、この本の主人公があの女性ならば、男性も生きていないということになる。


そして、あの彩苑さんは……幽霊だったのだ。


未練があって、ここに留まっているのだろうか。


時代背景も細かく描かれたそれは、書き手がとても優秀であったことがわかるばかり。


「…………」


―かなりの長い間、本に没頭した翠蓮。


一章が読み終わった頃には、既に一刻は経っていた。


「あっ、そうだった!」


勢いよく立ち上がって、翠蓮は沈んだ。


「夕餉、取らないと……」


昔の癖からか、翠蓮はよく食事を抜いてしまう。


食べないと怒るけど、自分は食べることを忘れるのが翠蓮で、既にそういう翠蓮のダメな癖の所に気づいた蘭花さんや、栄貴妃様から目をつけられてしまった。


食べていないと、絶対にバレる……。


「……取りに行くか」


夕餉には少し遅いが、まぁ、そんなに深い夜でもない。


温石を持って部屋の外に出、碧寿宮の厨房に向かう。


その道すがら。


「わっ、ごめんなさい!?」


何かに、ぶつかった感覚。


下を見ると、黒い服に身を包んだ身なりのいい子供がいて。


年の頃は、三歳くらい。


「ごめんね!大丈夫??」


小さな手を取ると、


「……やくし?」


舌足らずな感じで、聞かれた。


自分の服装に目を落とすと、確かに薬師の服を着っぱなしで。