「それ」



 わたしが秋くんの唇を指差した時、電車が揺れる。
 よろめいたわたしを支えてくれて、肩に乗った手のあたたかさにドキドキしてしまった。



「何?」



 秋くんが訝しげにわたしを見る。そういう所が、ちょっとヤンキーだな。


 わたしは落ち着いてさっきの話の続きをする。



「唇のピアス痕でしょ? 塞がらないの?」



 唇の端に絆創膏をして隠してる。仕事の時は隠してるんだろうな。
 穴を開けたこと、もしかして後悔してるんだろうか。



「こいつはちょっとでかかったからな。無理かもな」

「さすがにいつかバレるんじゃない?」

「理解ある職場だから大丈夫だ。今日は営業みたいなもんでさ」

「へぇ、そうなんだ」



 まさか秋くんに会えるとは思わなかった。
 毎朝、同じ電車には乗ってるけど、帰りに会うことは全くなかったから。



「その営業のおかげで秋くんに会えたみたいね。まだ午後四時だけど、仕事終わったの?」

「まあな。今日は直帰で会社には戻らねえし」