玄関で壁にもたれて携帯をいじる大場を見つけた。
私がそこにたどり着く前に後ろから走ってきた人が大場の前に立った。


途中から会話が聞こえてきた。
迷惑をかけたとひたすら謝ってる。


「あの、良かったらお詫びをさせてください。」

先輩だと思う。同期じゃないから。

「日向さん、別に大丈夫です。気にしないでください。先方もちゃんと機嫌直してくれましたし。結果問題なしです。」

「でも・・・、あの・・・今日は待ち合わせですか?じゃあ、今度、是非。」

「本当にいいです。実は・・・あんまり綺麗な人と一緒は無理なんです。彼女が鬼のようなやきもち焼きで。」

チラリと見ながら横を通り過ぎる。
最後の方は小声だったけど、聞こえた。
冗談のように見知らぬ人にそう言っていた大場。
満面の笑顔で。

今、自分は何を思っただろう。

何、今の、特別な誘い?
どう見ても金曜日にそこにいるって待ち合わせとわかる、会社の人とだろうって。
男の人だと思ったんだろうか?
彼女とは思わなかった?

だってそれは・・・・内緒にしてるけど。


『綺麗な人とは無理。』 何だその断り方は!!
それに『鬼のようなやきもち焼きの彼女』がいるらしい。
初耳です。
鬼のお手製の『やきもち』、食べたいわよ。
さぞかし固いでしょうね。たっぷりと七味でもかかって辛いとか?
歩きを止めずに前を向いたまま歩く。

もう声は聞こえない。

結局『じゃあ、一度だけ。』そう言って美人と飲みに行くことにした?
それはそれは・・・・・。

馬と鹿。
勝手に腕でも組んでろっ・・・・。

独りでぐんぐん歩いてるけど、どこに向かってるのか自分でも分からない。
でも見られるわけにはいかない。
『鬼』にされてしまう。
もっと他に言いようがあったと思うのに。

例えば・・・・・彼女以外とは行かないようにしてるとか‥‥、違うか、お礼だし。
やっぱりああ言うのがいいのかな?

『鬼』はどうかと思うけど。

1人で歩いて、結局駅の改札が見えて来た。
気が付いたよね、まさかずっと待ってるなんてないよね。

それでも最後まで振り向かず歩いた。

「譲、どこまで一人で行く気だよ。」

睨むように振り向いた。

困った顔をした大場がいた。

「タイミングいい奴だなあ。」

悪いと思いますが。
下から見上げた。
睨んだ眼は少し普通に戻したつもりだけど。

「だって、ちゃんと譲のことを見ながら言ったから、真実味が伝わったと思うよ。」

どう言う意味よ。
本当に『鬼のような』って思ってるの?

「後で話は聞くから。とりあえず帰るか。」

「食事は?」無し?

「部屋に行こう。言いたいことが鬼のようにあるって顔してる。」

そう言って笑われた。

手をつないで電車に乗って。
少し混んでるから近くでよく見ないと手をつないでるのさえ気付かれない。

駅に着いて一緒に降りる。

今日までに行きたい場所を決めておくように言われてた。
二つしか思いつかない。
近い方でいいから。

でもそんな約束も、今は言い出す気もしない。