それから時々一人でいるところを見かけたら話しかけてみることにした。

何故かギスギスした会話になってしまって、会話というより・・・・睨まれて終わりなことが多い。

名前を呼んでみても無反応。
ただ、それでも声をかけることは止めなかった。

はた目にはふざけ合ってるように見えたらいいのに。
せめて今は隣にいて不思議じゃない男、一番近い男でいたいと思ってた。


会社が終わったらすぐに帰ることが多い彼女。
営業の自分より明らかに早い上がり時間。
それでも時々一定の時期になると残業をすることが多いと気が付いた。
絶え間ない観察の結果導き出した彼女のリズム。

そっと後を追ったことがあった、我ながら病的だ。
全く彼女は気が付いてないだろう。
たいていは一人でまっすぐ駅に向かっている。
例外で立ち寄るのは駅前のカフェか、駅から離れたところ。
そのあたりの情報は自分でせっせと拾い集めた。



自分が早く終わった日は偶然会えないかと先回りをすることもあった。

当然空振りもあったりした。

そんなある日、偶然本当にうまくいった日。
隣の席に座ったのは本当にラッキーだった。
目隠しがあって全く気が付いてない。


待ち合わせかもしれないと思ったが、食事を頼んで一人で食べている。
更に偶然、社内でも有名なカップルがその向こう隣に来た。
最近ちょっと漂う雰囲気がよそよそしい感じもして、一緒に働く自分としてはここは隠れた方がいいと思った。
願わくば早く立ち去って欲しい。

そう思ったら決定的に早めに立ち去ってくれた、ふたりが別々に。

別れたのか・・・・・。

さすがに知ってる二人の最後のシーンを目撃するのは気が引けた。
隣でも同じくらいショックを受けてるだろうかと見る。
ふたりがいなくなったテーブルのコーヒーに視線をやってぼんやりしている。
荷物を持ってそっと席を移動した。

声をかけるとびっくりしたようで。

待ち合わせじゃないのは明らかだった。
適当な会話をしながら一緒に食事をしようと誘った。
テーブルの伝票を勝手に掴んで会計をする。
当然ついてくるしかなく。

前から一緒に来たかったお店に連れていく。

美味しそうにお酒を飲む顔、自分が頼んだ料理を欲しそうに見る顔。
ありがとうとお礼を言う時の照れた顔。

自分ではすごくいい時間だと思ってた。

いつも会話がぶっきらぼうで悲しいけど、本当は普通の会話がしたいと思ってる。
でも調子に乗ると睨まれる。
ハッキリ言われた。

馴れ馴れしく名前で呼ぶな、と。
視線も合わせてくれずに。

素直に謝った。

何度も呼んでいた。
そんなに嫌がってたとは思ってなかった。
自分はやっぱり全然分かってないのだろうか?
近くにいてもなんとなく許されているんじゃないかと思っていたが完全な思い違いなんだろうか?


デザートまで食べて外に出る。


次回、約束して、ふたりで飲みたい。

そう思って誘っても、いい返事はもらえなかった。
というか、断られた、はっきりと。

それでも諦めない。

人混みに押し戻されないように腕をつかんで先を歩く。

改札を目の前にして、聞いてみた。

「もう帰りたい?」

うなずいた彼女。
帰りたい、そう返事をされたら別れるしかない。


自分がどんなにがっかりしてるか分かってないんだろう。

それでも今日付き合ってくれたことへお礼を言って別れた。