高校レベルだという数学の授業に、わたしは不安を覚えた。
わたしとは裏腹に、出された課題を真っ先に解いたのは、雅樹だった。
指名されて黒板に完璧な正答を書いたのは、ひとみだった。
やっぱりというか相変わらずというか、美形の雅樹は注目の的だった。
雅樹自身も当然、周囲の視線には気付いている。
「めんどくせえ」とつぶやくのが聞こえてしまった。
ひとみもまた人に好かれるタイプだ。
数学の先生は、四十歳くらいとおぼしき背の高い男の人で、黒板に書かれた計算問題の位置がひどく高かった。
おかげで、当てられて答えを書くことになった小柄なひとみは、黒板の前で背伸びをした。
「すみません、全然、届きません」
笑いが起こった。
バカにする感じではなくて、ごく普通の笑いだ。
先生も、メガネを掛けた顔をクシャクシャにした。
「ごめん。届くところに書いてもらっていいですよ」
声のいい、丁寧な物腰の先生だった。
優しいおじさんといった感じで、ちっともカッコよくはないけれど、ひとみはその先生を気に入ったらしい。
うちの母が作った三人おそろいの弁当を広げているとき、ひとみはずっとハイテンションだった。
「あたし、絶対に日山高校に通う! あの先生の授業、受けたい!」



