智絵はわたしの向かいの席に座った。

わたしは、テーブルの上のカフェオレや荷物を自分のほうに寄せながら、智絵に訊いた。


「何でわざわざ、わたしに声かけたの?」


しゃべったこともない相手に話しかけるなんて、智絵にそんなことができるとは思いにくい。

智絵は、見るからに内気そうだ。


智絵は、わたしがしおりを挟んで閉じた文庫を指差した。


「その小説ね、あたしも、読んでるから」

「えっ、これ? ほんと?」

「うん。電撃文庫やスニーカー文庫のゲーム小説や冒険小説、好きなの。現代の日本が舞台の、超能力の話とかSFっぽいミステリーとかも好きだし……
いちばん好きなのは、やっぱり、異世界が舞台のファンタジーだけど」


一九九八年当時、ライトノベルという言葉はまだなかった。

ひとまず「ゲーム小説」という呼び方があった。

ロールプレイングゲームで主流の、少し昔のヨーロッパのような世界観の小説、というニュアンスだった。


智絵はおずおずとスケッチブックを取り出した。


「あたし、美術部で……イラストレーターになれたらいいなって、思ってて。今日もね、絵の具、買いに来てたの。ここの文房具屋、大きいから、ほしいものがいろいろあって」