ここに楽譜はない。

丸ごと覚えている曲は、たった一曲。

わたしが初めて覚えた曲だけなら、英語の歌詞もギターを弾く指も、忘れることもなく身に付いている。


カーペンターズの『トップ・オブ・ザ・ワールド』。

中学一年生のころ、英語の単語も文法もわからないまま丸暗記した。

シンプルなコード進行をつたない指遣いで覚えて、どうにか最後まで弾けるようになった。


何年ぶりだっけ?

わたし自身も意外だったけれど、わたしは完璧に『トップ・オブ・ザ・ワールド』を覚えていた。


運指にちょっとつまずきながら最後まで弾き語ると、竜也が手を叩いて提案してきた。


「この曲だったら、おれ、ハモれますよ。中学のころ、音楽の先生の趣味で、この曲の合唱をやったんです」

「じゃあ、フェアウェルパーティー、二人でこれやる?」

「おれが一緒で蒼さんの負担にならないんなら、ぜひよろしくお願いします」

「負担とかはないよ。つっかえないように練習しなきゃ」

「おれも、ちゃんとハモれるように頑張ります。蒼さんの声、すごいきれいですね。今さらですけど。もともときれいな声だなって思ってましたよ。だけど、歌ったら本当にきれい」

「そうかな?」

「そうですよ」

「……久しぶりに歌った。歌い方、忘れてなくてよかった」


ミネソタに着いてすぐの数日間は喉がかれてしまった。

いつの間にか回復して、今は歌い方まで思い出している。