日本の食べ物はヘルシーだというのも有名らしい。
スシ、トーフ、ショーユ、ミソスープ、ラーメン。
黒髪のアジア人を初めて間近に見たという子どもたちでさえ、代表的な日本の食べ物を知っていた。
チョップスティックスを使って食事をするのが、まるでマジックを見ているようだという子もいた。
「違うよ。マジックじゃなくて、忍術だ」
ブレットがそう言って、おどけてみせた。
ブレットはシャイだけれど、頭の回転が速くてユーモアがある。
わたしが竜也としゃべるときは、さすがに日本語だ。
でも、ケリーやブレットがそばにいるときは日本語を出さないように、というルールを決めた。
だから、わたしと竜也の間にそれほど多くの会話はなかった。
毎朝、目が覚めるたびに、自分のものとは違うシーツの匂いに包まれている。
メガネなしの視界にぼんやりと映る部屋は広くて、ブルーとピンクの花が咲く壁紙が優しい色ににじんでいる。
よかった、と安心するんだ。
わたしは今日もまだ、こっちの世界にいる。
世界は一つしかないと、かたくなにそう考えていた。
違ったんだ。
わたしが世界だと思っていたものは、学校という世界は、小さな小さな鳥かごに過ぎなかった。
鳥かごには扉が付いていて、鍵は掛かっていなくて、出ようと決心すれば外に出られた。
羽ばたきながら振り返ってみれば、鳥かごは本当に、とてもとても小さかった。



