死にたがりティーンエイジを忘れない



学校のまわりにある教会や、学校の友達と遊びに行くというショッピングセンター、

ローラースケートやスケートボードができる運動公園、映画館とおしゃれなカフェ。


課外授業という名の、ただの街遊びだった。

ただの、と言っても、ホストファミリーたちからの説明は全部英語だ。

でも、中学一年生のメンバーでさえ、不思議なほどにちゃんと理解していた。


竜也がこんなふうに分析した。


「目の前に実物があるからわかるんだと思う。学校の教室で机に座って、CDでのヒアリングの問題だったら、こんなにちゃんとは英語が耳に入ってこない」


そのとおりだと思った。

一つひとつの単語や文章がすべて理解できているわけでもないし、文法的にどうのこうのと解説なんてできない。

それでも会話になる。

わたしがどうにか意思を伝えたくて支離滅裂に単語を並べるだけでも、ケリーは先回りして理解してくれる。


「サファイア、あなたが言いたいのはこういうことでしょ」


テレパシーみたいなもの。

人間同士の間には、そういう不思議なチカラがあるとしか思えなかった。

英語を聞き取っているというよりも、英語という形を取った相手の意思を読み取っている。

感じ取っている。

そんなふうだった。