「見てほしくないと言われてもね、ちょっとそれは難しい注文かもしれない」
柔らかに鼓膜を打つ声は、初めて聴いた頃よりも落ち着いて、深みとツヤを増している。
発声練習をしたり発音のトレーニングをしたり、声の仕事をしたいという目標に向かって努力をしているからだ。
わたしの声も前はこんなふうだった。
人に聞かせられる声だったはず。
なのに今は、短い受け答えさえろくにできない。
わたしは顔を背ける。
上田の視線が付いてくるのがわかる。
「表紙のモデルなら、尾崎にすれば?」
「ぼくは基本的に人物画を描かないんだよ。課題以外では。蒼さんを描いてみたいと思ったのが初めてなんだけど、ダメかな?」
「わたしのことなんか見ないでほしい」
「それは聞けない。変なセリフを言うけど、勝手に視線を引き寄せられるんだよ。中学のころからずっと。何かが特別なんだ」
「やめて」
「迷惑?」
「わたしに近寄ったって、いいこともないのに」
「いいことがあるとか得をするとか、それだけで人付き合いを選ぶような器用な生き方は、ぼくにはできない。蒼さん自身がそれをわかっていそうだけどね。だって、ずっとノートを届け続けていたでしょう。それは……」
わたしは乱暴な仕草で、椅子に乗せていたカバンを取った。
ガタンと椅子が鳴る。
上田の言葉が途切れた。
得になるからノートを取り続けていたんだ。
智絵のためと言いながら、わたしはわたしのために動いていた。
上田にそれを教えてやるつもりはないけれど、上田の誤解が痛い。