「ぼくも尾崎さんから声を掛けられたんだ。ぼくは小説要員じゃないけどね。表紙や挿し絵が描ける人、探してたらしくて」

「知り合い?」

「尾崎さんは同じ小学校だったんだよ。彼女、中学は国立大学附属の優秀なところに行っちゃったから、会うことがなくなってたんだけど。相変わらずの勢いのすごさに圧倒されたよ。蒼さん、文芸部、入るの?」

「決めてない」

「尾崎さんにロックオンされたら逃げられないよ。ぼくは入ることになると思う」


上田は無邪気そうに微笑んだ。

わたしはその笑顔に応えられない。ひとみや雅樹が相手のときと同じだ。

いや、上田のほうが、もっとやりにくい。


過去を切り離すことってできないんだろうか。

上田は中学時代のわたしのことを知りすぎている。

智絵のことも知っている。


上田を見ると、どうしても智絵のことを思い出してしまう。

完成しなかった文化祭の絵のことも、好きな人や物を好きと感じられなくなってぼんやりとした表情のことも。


わたしはため息をつくために大きく息を吸った。

ときどきこうして意識しないと、呼吸のやり方を忘れていることがある。